出世作「暢気眼鏡」以下のユーモア貧乏小説から「虫のいろいろ」,老年の心境小説まで,尾崎一雄(1899-1983)の作品には一貫して,その生涯の大半を過した西相模の丘陵を思わせる洒脱で爽やかな明るさがある。
高橋英夫 編
出版社:岩波書店(岩波文庫)
天然なのか、ねらっているのかわからない。
そういう人ってたまに見るのだけど、尾崎一雄の小説もある意味、そういうところがある。
本書に収められている尾崎一雄の作品は、小説なのか、エッセイなのか、単なる個人的思考のスケッチなのか、まったくもってわからない。
ついでに言うと、描かれている内容も、どこまで事実なのか区別がつかない。
そしてそんなわけのわからない代物なのに、困ったことに、結構おもしろかったりする。
しかも、それがねらって書いたからおもしろくなったのか、何となくつれづれなるままに書いていたら、なぜかおもしろくなったのか、さっぱりわからないから、なおふしぎだ。
おもしろいと感じたのは、尾崎一雄という人と、その家族の存在が大きいように思う。
基本的にこの小説に出てくる主人公(多分、尾崎一雄本人)の若いころなどむちゃくちゃなもんである。
『山口剛先生』を読んでみると、その図太いというのか、だらけたところには、がっくりしてしまう。
彼のだらけっぷりのスケールは小さいかもしれない。でも小さい分リアルで、イメージしやすいのだ。
だから、少なくとも僕にはこんな行動はできないな、と必要以上に強く感じてしまう。
そもそも最初の女房を殴ってケガさせた末、結局離縁に至っているという時点で、絵に描いたようなダメ男って感じだ。
そんな彼だが、離婚後に別の女と再婚することとなる。
その初期の夫婦生活は『暢気眼鏡』『芳兵衛』『燈火管制』『玄関風呂』に描かれているが、それが読んでいて非常に楽しかった。
その理由は、新妻である芳枝が基本的に天然であることが大きいのだろう。
『芳兵衛』によると、彼女は突然踊りだしたり、人を驚かそうと思って出した自分の声に、当の本人が驚いてしまうような女である。
そういう意味、彼女はちょっとアホかもしれない。だが、それゆえに、なかなかおもしろい女でもあるのだ。
そんな天然女房と、カリカリしていて小言癖のある主人公とは本当にいい夫婦だ。
凸凹コンビというか、夫婦漫才のような雰囲気があるのが、特に良い。
年を食ってからは、『痩せた雄鶏』を読む限り、夫婦間にも微妙な変化が生まれているようである。けれど、この変化もまたこれでおもしろい。
そんな変化に対する主人公の思考を追っていると、夫の方も、夫の方でなかなかかわいやっちゃな、と思ったりする。
夫婦生活を描いた短篇以外にも、おもしろい作品はある。
父母に対する追憶がノスタルジックで、しんと心に響く、『父祖の地』『落梅』。
日常の描写から、大きなスケールの話に発展していく様がユニークな、『虫のいろいろ』。
自然を愛する生活を送る老境の達観したようなたたずまいが印象的な、『石』『松風』『蜜蜂が降る』『蜂と老人』『日の沈む場所』、など。
多くの作品は、だから何? と言いたくなるような話ばかりだが、変なおもしろみがある。
その作風は地味だけど、小粒なりに味わい深い。絶賛はしないけれど、僕はそこそこ好きである。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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